同じ鋳型でできた人

アルムシ

はじめに


明けましておめでとうございます。
久々のブログ更新です。


何度か記事で書きましたが、
私は就職氷河期に就職し、大手IT企業の子会社に就職しました。
従って、プロジェクト単位で親会社へ派遣され、大勢の人達に出会いました。
そして転職も何度もして今は4社目でもうすぐ5社目に突入予定です。


社会人になりたての頃は、IT知識ゼロだったので
生存戦略としてフレンドリーという技で厳しい世界を生き抜きました。


飲み会もたくさん顔を出しました。
腹が捩れるほど笑うよい飲み会が大部分でした。


そのため、多くの人と仲良くなりました。
徹夜や終電までのプロジェクトも多かったので、
今のように36協定内のホワイトな職場では見られないような
無法地帯のような職場で極限状態の人々の様々な顔を垣間見ることができました。


つまり、私は


非常にたくさんの人数の人の上っ面でない、少し砕けた本音に近い面に接する機会が
多かったのです。


気づき


ここで私はあることに気がつきます。


例1)
社会人1年目(1社目)で出会った上司のAさんは、
社会人6年目(2社目)で出会った、同じチーム内のBさん
社会人16年目(4社目)で出会った、同じグループのCさん


と表情の作り方と体型、仕草や特徴が似ているということに気がつきました。


三人とも、理数系の知能が高くて、考え込む時に顎を引いて上目遣いをする。
ふとした時のリアクションが両腕を広げて手をバタバタさせる。


など。


Aさん<Bさん<Cさん
の順に人格も上がっているように思いました。


ちなみに、Aさんは、会社で嫌われてクビ同然で放り出されてしまいました・・・


例2)
近所に住んでいた2つ年下の女の子Dそっくりの人Eが
社会人10年目(3社目)の隣の席にいたこともあります。


例3)
高校時代の同じ部活の友人Fは、控えめで優しくて人気者でした。
高校を卒業してから、時々私から連絡して会っていましたが、
いつも誘うのは自分ばかりなので、連絡しないとどうなるのだろうと放置すると
疎遠になりました。
その10年後、知人に誘われた花見でGさんと仲良くなりました。
この人は友人Fと同じ鋳型だ。私は直感的にそう思いました。
この友人Fさんとは、こんどはこちらから、連絡を断ちました。
このあたりもなんとなく因縁めいたものを感じます。


例4)
中学時代のK君は、陸上部のエースでした。
一年後輩で、何度も同じ大会に参加して、練習も同じなので細かい仕草や雰囲気を十分知っています。最近、顔を出した登山の会に立派な体格のLさんがいました。
まず、一流アスリートのような体格が一致しており、顔と髪型と話し方、無害な会話などが本当にそっくりでした。


例5)
10年前仕事で大きなプロジェクトにメンバーとして参画していた時、社外コンサルタントのMさんがいました。この人は、非常に頭がよかったです。この人とオードリーの若林さんがそっくりでした。背丈、髪型、笑顔、頭が良いところ、会話など・・・


鋳型とは

鋳型とは「ソフィーの世界」(90年代後期発行の庶民向けの哲学書)で出てきたように思います。
記憶が薄れているので、正しく自分が捉えられいるか不明ですが、
自分の言葉で語ってみたいと思います。


この目に見える三次元の世界というのは、イデアの世界の鋳型を投影したものだ


鋳型とは、わかりやすく言えば、クッキーの型のようなものです。
均一に変形する物質
(クッキーを作る時は、小麦粉生地ですが、人間を作る時は、霊魂のようなものでしょうか?)
を流し込んで、製品を作るようなイメージです。
(リンゴも犬も猫も人間もあらゆる実体は、鋳型としてイデアに存在していて、その鋳型から現実世界に投影していると言っています)


あらゆる宗教で触れられているワンネス(神様)という一つの意識からの分霊が自分であるという考え方があります。


イデアの世界(高次元)に私達の本体があり、私たちはワンネスのコピーを鋳型として
3次元に投影されています。
鋳型から3次元へ投影された肉体こそ私たち。


従って、同じ鋳型のコピー人間がこの世界に複数存在しても全く不思議はないというわけです。


同じ鋳型でも、生まれる年月、地域、両親から受け継ぐDNAなどで
微妙に差異が発生すると思われますが、それでも同じ鋳型のような気がする


と思われる人に時々遭遇するのです。


余談ですが、こう考えると、星座占い、四柱推命、姓名判断なども
鋳型へ彩りを与える要素を占うと考えると、ますます興味深いですね。


前世の記憶

同じ鋳型の人物が複数いるという仮説に従えば、


マリーアントワネットの生まれ変わり何人いるのか問題も解決すると思いませんか?


※「前世がマリーアントワネット」「前世が太宰治」「前世が織田信長」という人が
 日本だけでもたくさんいると笑い話として語られる場面に時々遭遇します


鋳型(霊魂)に対して、地上の人間は複数いるのですから
記憶は共有されると考えられます。
もちろん、誇大妄想がほとんどと思いますが・・・


友人のそっくりさん

私は、昨年からとあるボランティアを始めました。
その代表のXさんが私の学生時代に仲の良かった友人Yと
同一人物としか思えないほどそっくりなんです。


友人Yとは、私が一方的に怒って会わなくなりましたが、
本当はとても大好きだったんです。
会いたいなあと思ったことも何度もありました。


たまに、いますよね。本当は仲直りしたいのに、意地でも仲直りしない人って。
意地>快楽 なのだと思います。ようは頑固なんです。


友人Yは、悪気なく私に当時私が一番してほしくなかったことをしました。
私は怒って一方的に疎遠にしました。
今思えば自分が幼稚だったと思います。


そんなYにXさんは、まず顔がそっくり、髪型も服装もYの20年後そのものです。
喋り方も、話す内容も、涙もろいところも、Yそのものなんです。


この現実世界(現代社会)は、無味乾燥なことが多いですが、
時々、神秘的な側面を私たちに見せて、この世界も悪くない、なかなか味わい深い


そんなふうに思わせてくれる瞬間があるのだと思いました。


<オカルト>

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