私の愛毒書 「走れトカトントン③」


<前回の続きです>


今回が最終となりますが、「走れトカトントン」をブログで記事にするにあたり、元の太宰治の文章を調べてみたりしたので、個人的にも勉強になってよかったです。


2022年現在絶版になっており、作者の知名度も高くて作品も優れているのに、
作品が埋もれていくのだなあと切ない気持ちがします。


第二章 桃太郎かもしれない


先生はこのところのスランプで、ますますお酒も進み、わたくしに何かと辛く当たります。そんな訳で桜桃を食べれば、種のつぶてが飛んできます。
「トンちゃんより俺が大事、と思いたい」
<走れトカトントン>


元の太宰の作品「桜桃」では「子供より親が大事、と思いたい


父は、大皿に盛られた桜桃を、極めてまずそうに食べては種を吐はき、食べては種を吐き、食べては種を吐き、そうして心の中で虚勢みたいに呟く言葉は、子供よりも親が大事。
<太宰治 桜桃>


「桜桃」は、老人が息子に子供の世話なんかよりも自分の世話をしてくれるんだろうね、と詰め寄るなかなかホラーな話のようです。
しかも描写が結構怖いです。


次に「走れメロス」へ切り替わります。


中古布団のトカトントンは、沢山の人々の就寝時の夢をたっぷりと吸い取り、その夢の残骸を布団をスクリーンにして映し出し、そのアイデアを主人の「太宰不治」が小説に足しにしていました。
「太宰不治」が現在執筆中の話は「走れメロス」朴訥なメロスが主人公でした。
暴君のディオニュソスに短剣を懐に王城へ乗り込んで、あっさり捕まったが、妹の結婚式に出るために、親友セリヌンティウスを人質にして、3日で結婚式に参加して戻ってくるという話。もし戻らなければ、親友セリヌンティウスの首が飛ぶ。


「とまあ、こんな具合なんですけどね。王城のある町とメロスの村は十里の距離だから三日もあればなんとかなる。とはいえ三日の朝にヤアととか言って、メロスが楊枝くわえて徳利しょって帰ってきたら読者は納得しますまい。間に合わず、セリちゃんの首がとんでも作者の立場がなくなる。やはり華々しい障害物競走をやった上で、間一髪で間に合わせねば」
メロスとしては山賊を張り倒し、狼の皮を剥いで三枚おろしにし、川でシンクロ、野ではカール・ルイスと化して韋駄天の走りを見せなくてはならない。
<走れトカトントン>


太宰不治は、トカトントンに、インスピレーションをかきたててもらうために、メロスの力強い走りを布団に映し出して欲しいと懇願します。


その後、トカトントンは、なかなかメロスをスクリーンに映すことができず、
メロスかと思えば、エロスを映し出し、続いて、タナトス、パトス、コロス(合唱団)まで出てきても尚メロスを召喚することができず、最後にはカボスが走り去っていきます。


「走れメロン」とトカトントンはいいます。今度は本気の蹴りでした。思わずうっ、と身をこごめたら画面が真っ赤になりました。
「ねえトンちゃん。お願い。後生だから人間のメロスを出してよ」
と太宰不治に懇願されます
すると、秘蔵の泡盛をいっぱいひっかけたトカトントンは無事、人間のメロスの召喚に成功します。


妹の宴会経て、クライマックスまでたどり着きます。


濁流を泳ぎきり、山賊をやっつけ、峠を超えたメロスは灼熱の太陽に焼かれて疲労困憊、一歩も歩けなくなってしまった。倒れ伏すと悪魔の囁きが聞こえる。(もういっそ悪徳者として生き延びてやろうか)心の半分が頷いた。途端に両親の声がする。(私は不信の徒ではない)心のもう半分が頷いた。(人を殺して自分が生きる。それが人間の法ではなかったか)そうだ、そうだ、心の半分が手を叩く。(私は、信頼に報いなければならぬ)そうですとも、心の半分がシコを踏む。
 
メロスは単純な男である。単純とは心の音声多重に耐えられないことをいう。ばりっ。雑な音を立てて心が真っ二つに裂けた。心と同時に体も右と左に泣き別れ、さんまの開きのようになってしまった。


「さようなら、私は村へ帰って、妹夫婦と楽しく暮らすことにしよう」と悪メロス
「さようなら、私は暴君の元へ戻って、正義の士として死のう」と善メロス


メロスは単純な男である」の引用を印籠に、「走れトカトントン」では、
メロスを真っ二つに切り裂いて、悪メロスと善メロスに分裂してしまいました。


善メロスが暴君の元へ辿り着くと、なぜか、村へ帰って妹達と暮らしているはずの、半身の悪メロスが暴君の傍に忠臣面して控え、善メロスに「偽善者」だとほがらかな高笑いを始める。その笑いにつられて、善メロスも笑い出し、スクリーンのトカトントンもわけのわからぬおかしさが込み上げて、これはもしや先生のお作にある「文化の果ての大笑い」なのでは、と笑っていると、ヴィヨンの妻(太宰の妻)が、メロスの代わりに走っています。
なぜ走っているのか尋ねると借金取りに追われているのだとのこと。
主人の書きます小説には借金、病気、寝取られ夫の三重苦がつきものといいます
夫への恨み節を呟きながら、走り抜けていきます。


まともなメロスをなかなか出さないトカトントンは、一向に筆の進まない太宰不治に
「まともな人間をだしてくれ」とせがまれ、ついにメロスの話が順調に進んでいきます。
しかし、トカトントンは咳払いをしてしまいます。「トカトントン」その咳は画面の中にまで響いたようです。
すると、メロスははっと目が覚めたようになるのです。
「なぜ、友を犠牲にしてまでも結婚式にでなくてはならんのだ?」
至極真っ当な考えです。
太宰治の「トカトントン」はあらゆる情熱を打ちこわしました。
先生とトカトントンは、それでは物語にならないとメロスを説得します。
しかし、咳は、一旦癖になると止まるものではなく、妹の結婚式でトカトントン、日照りにあえいでトカトントン。
「もう勘弁してください。走るのに嫌気がさしました。あなたのトカトントンは虚無までも打ちこわしてしまうのです


太宰治の「トカトントン」のあらすじを<その②>にのせましたが、元の文章は以下のようになっています。
「あのトカトントンの幻聴は、 虚無 ( ニヒル ) をさえ打ちこわしてしまうのです」


その後、人間失格の葉三が出てきて、代走を申し出ますが、最終的には、中古布団のトカトントンがメロスの代わりに走ります。


走る。走る。
トカトントンが走る。
走れ、トカトントン。


太宰治のたくさんの作品が豪華に引用された作品です。
多分私が気が付かないだけで、色々な仕掛けが施されているのだろうなと思います。
手元に大切において、またじっくりと味わってみたいと思います。


「おめでたき人」も面白かったので、うまくまとめられそうなら、また記事にしたいとおもいます。


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